二次障害
発達障害への支援で最も重要な目的は二次障害を防ぐことであるといっても過言ではありません。それは、社会生活上の困難は発達障害によって生じるのではなく、二次障害によって生じているからと言えるからです。
この記事では、二次障害について説明し、その支援や対策を解説します。
二次障害とは
『二次障害』は、当初、脳性麻痺に関して用いられていた用語でした。脳性麻痺によって生じた運動障害を放置すると、運動障害以外の合併症が生じます。寝たきりの状態にしておくことで、後に手足の関節が固まってしまったり、褥瘡(いわゆる床ずれ)が生じてしまったり、血液を送り出す循環機能に障害がおき時には命にかかわる重篤な状態になったりするのです。つまり、脳性麻痺によって直接生じる運動障害を『一次障害』とした場合、これによって生じる副次的な障害を『二次障害』と言うのです。
発達障害でも、本来の特徴には見られない精神症状や問題を『二次障害』というようになりました。しかし、二次障害の定義は曖昧であり、一般的には以下のような状態を発達障害の二次障害と捉えることが多いようです。
(1)本来の症状がさらに悪化する。悪化した部分が『二次障害』
(例)ADHDの衝動性の症状である他人への妨害が激化して、他人への攻撃になる。
(2)本来の症状にない問題や症状がみられるようになる。問題や症状が『二次障害』
(例)自閉スペクトラム症の症状である人間関係の維持発展の困難が強くなり、不登校や引きこもりになる。
(例)学習障害の症状である読み困難に伴って、学習に対して無気力になる。
(3)本来の症状にない問題や症状に診断名がつく。いわゆる併存症としての『二次障害』
(例)ADHDを素因にして反抗挑戦性障害となる。
(例)学習障害を背景にして自尊心を失い、うつ病となる。
また、医学的診断の有無で『二次障害』を下記のように分類することもあります。
(ア)医学的な診断名のない二次障害
不注意、多動、低い挫折への耐性、低い自己評価、低い意欲、社会性技能の欠陥、学業達成の障害、退学の増加、就業達成の低下、情緒障害(*)
(イ)医学的な診断名のある二次障害
愛着障害、反抗挑戦性障害、行為障害、感情障害、不安障害、適応障害、強迫性障害
上記のように、二次障害の定義は様々ですが、このような問題や症状は発達障害そのものの症状よりも学校や社会生活を大きく損なってしまいます。そのため二次障害の防止や適切な対応が発達障害の支援で最も重要な課題と言われるようになりました。
*情緒障害
正式な医学用語ではなく、いわゆる『行政用語』です。
子どもの情緒的な問題に対し、教育機関では『情緒障害』というのに対し、医療機関では『不安障害』や『適応障害』などと言われます。
同じ現象であるにもかかわらず、教育と医療とで用語が異なることが問題になることが少なくありません。
二次障害の原因
発達障害の誤った理解による対応や不適切な支援を続けることで、二次障害につながる恐れがあります。多くは以下のようなパターンで現れることが多いようです。
①無理解によるもの
発達障害は脳の機能の障害によって生じます。怒ったり教育したりすることでコミュニケーションの問題が治ったり、多動衝動が完治するようなことはありません。何度も注意したり、たくさんの課題を出したりして修正しようとすると、発達障害の本人はもともとできないことや苦手なことを強制されることになり、自尊心を低下させたり、課題を避けたりするようになることがあります。
②環境調整があっていない
自閉スペクトラム症にて集団行動が難しく登校渋りが出ている子どもに、いわゆる別室登校を勧めたところ、本格的に不登校状態になってしまった。
課題を柔軟に決められる自由度の高い別室登校は、自閉スペクトラム症の子どもにとっては不安を憎悪することになってしまいます。一見すると窮屈に感じてしまうくらいに『何を』『どれだけ』『いつまでに』が明確に定められていて、大人や教師が『ここまで言う必要はないかもしれない』と思ってしまうくらい細かく具体的に指示をするような環境を整える方が、子どもにあっていることがあります。
③見落としによって支援がなされない
暴言や暴力、忘れ物が多い、学習成績が下がる、など、大人にとって問題と感じやすい、目に見える行動を呈する子どもには支援が提供されやすいのですが、友達との交流方法がわからず一人で本を読んで過ごしている、基本的に学習困難だが時間をかけることで学習は可能になるなど、問題行動として目立たなかったりいつも困難ではなく時にはできてしまったりすると、困っているのに見落とされてしまいます。すると、支援がなされないままに経過してしまい、二次障害につながることがあります。
④既に二次障害となっているが発達障害の症状として誤解されている
授業中にぼーっとしている、集団を避ける、器物を破壊するなどは一見すると注意欠如多動性障害や自閉スペクトラム症、学習障害のような印象を受けてしまうものです。しかし、実はそれ自体が抑うつや不安障害などの精神症状を呈する二次障害であるのに、そうとは知らずに『発達障害』として対応されてしまうこともあるようです。
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所が小中学校に実施したアンケート調査では、教師は子どもの呈する問題に気がつくようですが、それを二次障害とは思わず『発達障害』と考える傾向にあり、小学校の教師は許容的な環境を整備するのに対し、中学校の教師は教育や指導によって修正しようとする傾向にあることがわかっています。
二次障害の影響は子どもだけでなく、子どもを支える保護者や教師にも及びます。保護者や教師が子どもの行動を改善しようとしてもうまくいかず、保護者や教師としての役割を果たせないことに自信を失ったり徒労感を抱いたりしてしまいます。子どもに対する否定的な感情が大人に形成されることで注意や叱責が増えてしまい、子どもの行動は改善するどころか、抑うつ、反抗、不登校などにつながり、さらに悪循環に陥ってしまうのです。
二次障害への対応
二次障害への対応として『予防』『対処』『治療』の3段階で考えることが有効です。
(1)予防する
発達の特性を知り、特性に応じた環境調整や対応をすることで二次障害をある程度予防することができます。
例えば、自閉スペクトラム症が背景にあると対人関係につまずきやすくなるため、集団活動では、『何を』『どれだけ』『いつまでに』を明確に定め、指示は具体的かつ詳細に伝えるようにする。ADHDが背景にあると、衝動的な判断で対人トラブルにつながりやすいので、トラブルになりやすい状況を特定しておき、トラブルに発展しそうなときには未然に介入する。学習障害が背景にあると、周囲と同じように読み書きをこなすことは難しいかもしれません。代読、時間の延長、ICT機器の利用など、本人にあった学習スタイルを検討し、学校で合理的配慮として学習環境の調整をします。
(2)対処する
二次障害に対処することは言うまでもありませんが、その対処方法が適切かどうかを十分に検討しなければなりません。
例えば、自閉スペクトラム症が背景にあるために、集団活動に苦手意識が強く不登校になってしまった場合を考えてみましょう。
表面に現れている問題は『不登校』であるため、スクールカウンセラーによるカウンセリングを勧めたり、適応指導教室の利用を促したりするかもしれません。しかし『何を話してもよい』スクールカウンセリングや具体的な活動内容が定まっていない『居場所』としての適応指導教室では、自閉スペクトラム症が背景にある児童生徒は何を、どのように、どこまでしてよいのかわからず、逆に混乱してしまうことさえあります。
この場合、テーマや発言方法などを具体的にした討論、内容と量を明確にした集団活動を設定してあげるだけで、集団に参加できるようになります。
例えば、学習障害の一つである書字障害が背景にあるために、学習場面に強い抵抗を感じ、授業中に席を離れてしまっている場合はどうでしょうか。
現象が授業中の離席であるため、『情緒障害』として少人数指導の通級指導教室の利用を勧めることがあります。少人数指導のため教員の接触が増えるため、離席行動が抑制されて問題が改善したように見えることがあります。しかし、根本の問題(書字障害)への対処がなされていないため、一斉授業になると席から離れたくなってしまうでしょう。
この場合、ICT機器による文字入力や、(漢字が書けない場合)でひらがな書きを認可することで、学習場面への抵抗を大幅に改善することができます。
二次障害への対処において重要なことは、上記のように、表面に現れている問題ではなく発達特性そのものに対処することです。
(3)治療する
残念ながら、予防も対処もされないまま支援から抜け落ちてしまい、うつ病、不安障害、強迫性障害など、医療が必要な二次障害まで進行してしまっている事例もあります。このような場合は、医療機関での治療が必要になります。
しかしこのような場合でも、二次障害として発症した精神疾患に対してだけアプローチするのではなく、発達障害への支援も同時に進めなければなりません。医療の力を借りながら家庭、学校や職場で環境調整をすることは必須です。
二次障害への『予防』『対処』『治療』のどの観点においても、表面に現れている問題ではなく、発達障害そのものの特性を理解することが不可欠です。
発達障害のあるなしに関わらず
前項目にて、二次障害への対応に発達障害の理解が不可欠であるといいました。
「二次障害に迅速に対応できるよう、早く医療機関で発達障害を診断してもらう必要があるのでは?」
と意見が聞かれそうですが、二次障害対策のために発達障害の医学的診断が絶対不可欠ということはありません。
これには以下の理由が考えられます。
(1)教育指導のガイドラインの多くは、二次障害への対応は医学的診断の有無を問わず実施されることが求められている。
全国の教育委員会や特別支援教育センターの多くは、子どもの特性にできるだけ早く、的確に気付き、これに対応することが重要であると指摘しています。これにより、学習意欲の低下や不登校を防ぐことができるからです。
例えば、島根県教育委員会では二次障害を防ぐためには『早期の気づき、適切な支援』が重要であると指摘しています。また、他県の特別支援教育センターでは、発達障害の特性への気づきのポイントに以下をあげています。
診断の有無にかかわらず
・診断の根拠となる様子や行動などの把握
・診断と関連する様子や行動などの把握
・診断とは直接関係しないように思われる子ども個人の特性の把握
つまり、医学的な診断が有る無しに関わらず、児童生徒に適切かつ迅速に対応できるよう、発達障害の診断の根拠や関連する行動を教職員が理解しておくことを重視しています。
(2)医学的に診断されるような二次障害が起きてから対応したのでは遅い
ADHDの併存症に反抗挑戦性障害や行為障害があります。反抗挑戦性障害も行為障害も、否定的、反抗的、不服従の行動を繰り返し起こすことが共通の症状でが、前者は他人の権利を侵害することがみられないのに対し、後者は罪悪感にさいなまされることなく他人をいじめたり、他者の持ち物に損害を与えたり、盗んだりします。
診断されることで、児童心理治療施設(旧:情緒障害児短期治療施設)などで専門的な治療を受けられるようになりますが、診断基準を満たすためには、反抗挑戦性障害で6か月間、行為障害で12か月間、症状が持続していなければなりません(一時的な反抗ではないことを支持するため)。
症状持続期間を待つまでもなく、既に現れている問題現象に適切な支援は提供されなければならず、そうすることで反抗挑戦性障害の発症も防ぐことができるのです。
(3)子どもと保護者の医療機関への抵抗
発達障害の有無に関わらず、医療機関の受診を勧められることに抵抗を感じない人はいないでしょう。『二次障害対策のために』と、早期に医療受診を勧めてしまえば、子どもと保護者との関係や信頼を損なうことは避けられず、今後の支援に悪影響さえ及ぼしてしまいます。
(4)診断の有無に関わらず支援は必要だから
病院にかかったとしても、診断基準を満たさず発達障害と診断されないことは少なくありません。発達障害と診断されなかったことは、支援が不要ということではありません。
子どもの自立や将来を考えた場合、できるだけ早く適切な支援が継続して実施されることは、医学的診断の有無に関わらず必要なのです。
二次障害の理解と対応 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 植木田 潤
発達障害と情緒障害の関連と教育的支援に関する研究 二次障害の予防的対応を考えるために 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所
リーフレットB-351『もしかして、それ・・・二次的な障害を生んでいるかも・・・?』 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所