強迫・不安・愛着障害
発達障害の症状にこだわりや社会性の課題があります。これらの症状と似たような疾患に強迫症や社交不安、愛着障害があります。
この記事では強迫症、社交不安、愛着障害について、発達障害の症状との違いや治療法について解説していきます。
強迫症とは
強迫症は強迫観念、強迫行為またはその両方が認められることが特徴です。
強迫観念は、無意味ないし不適切な内容であり、考えないでいようとしても頭から離れずに繰り返されたり割り込んできたりする思考です。その内容は、本人にとって強い不安や苦痛であるためさらに頭の中で考えを抑え込もうとしますが、抑えきることができないためにさらに不安になったり苦痛を感じたりしてしまいます。
強迫行為(儀式行為とも呼ばれる)は、強迫観念によって生じた不安や苦痛を和らげたり打ち消したりするために、頭の中で行動したり実際に行動したりすることです。
強迫観念の内容や強迫行動を実行することを、本人はばかげている、過剰であることを認識していることが多く、その不合理を理解していながらもそのような考えや行動をやめられないでいることに強い苦痛を伴います。
例えば、一般的に『洗浄強迫』とよばれる現象として、トイレに行くたびに「手が汚れているかもしれない」と感じてしまい、これにより自分の健康に害が及ぶのではないか、周囲に迷惑をかけてしまうのではないかと不安になってしまい、何度も執拗に手洗いを続けてしまうことがあります。結果、手指に強い肌荒れを起こしてしまい日常生活に支障をきたすことがあります。
泥棒に入られるのではないか、失火するかもしれないとの不安で、外出前に戸締りやガス栓の確認を何度も何度も繰り返すために、外出時間が遅れたり外出そのものができなくなる(確認強迫)、自動車の運転中に「もしかすると人をひいてしまったかもしれない」と不安になって引き返す(他傷の懸念)、『4』や『9』などを不吉な数字として捉えてしまうことでなんらかの行動回数を多くしたり少なくしたりする(儀式的行為)、背の高い順に本を並べたり物の向きや配置に強くこだわる(正確性・対称性)、いずれ必要になるかもしれないと不要品を過剰に溜めこむ(溜めこみ)などがあります。
強迫症の有病率と発症時期
強迫症の生涯有病率は、日本ではデータが少ないため正確な数値は不明ですが、おおむね欧米と同様、約2~3%程度と推定されます。通常、発症は10代後半~20代初期に始まるとされ、発症時期が早い疾患として知られており、10歳前後の時期にも発症することは珍しくありません。
小児期の強迫症の特徴として、成人のようにそのような考えや行動が不合理であるとの思いに乏しいことが多く(自我違和感を抱きにくい)、また身近な家族に対し自分の強迫症状を強要する『巻き込み症状』が多いということがあげられます。
また、思春期頃には自我意識の高まりや周囲との関係を念慮して、体型や外見の一部を欠点と捉えて過剰な身づくろいや鏡による確認をしたり(醜形恐怖症・身体醜形障害)、自分の体臭が周囲を不快にさせていると感じて、何度も体を洗ったり外出を避けたり(いわゆる自己臭恐怖症)することがあります。
小児期に限ると、顔をしかめたりクンクンと鼻を鳴らしたりするチック症の併発が多いことが大きな特徴として知られています。
強迫症の治療
治療には曝露反応妨害法や特定の抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬やクロミプラミン)が用いられます。
暴露反応妨害法
強迫症の治療として、認知行動療法の一種である曝露反応妨害法が有効とされています。不安を生じさせる状況や強迫観念の引き金になる対象に繰り返し直面(曝露)させると同時に、不安や苦痛を和らげようとする強迫行為(儀式行為)を行わせないようにします(反応妨害)。曝露と反応妨害を繰り返すことで、強迫行為をせずとも不快感や不安は次第に弱まっていくため、不快な感覚を解消しようとする行動が不要であることを本人が実感できるようになります。
薬物療法
抗うつ薬の一種である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(フルオキセチンなど)や三環系抗うつ薬のクロミプラミンが効果になることがあります。一般的には、曝露反応妨害法と組み合わせて薬物療法が行われます。
強迫症と発達障害
発達障害の症状の一つである『こだわり』は、強迫症の症状と類似する点が多いことが指摘されています。一般的には、強迫観念や強迫行動に不合理な感じ(自我違和感)がある場合を強迫症、ない場合を『こだわり』と考えることが多いようですが、強迫症患者の中には病識(自分は病気であるという理解)に乏しい方がいるだけでなく、発達障害患者の中には自我違和感を抱く方もおり、『自我違和感の有無』をもって強迫症と発達障害を見極めることはできません。
山下(2010)の調査では、発達障害患者には正確性・対称性を求める、何でも知っておきたい考え、不適切な言葉を使ったかもしれないという心配、物をなくすかもしれない心配、ある種の音や雑音を異常に気にする、という点が強迫症患者よりも有意に多く、汚染に関する強迫観念は発達障害患者よりも強迫症患者に多いと報告しています。また、発達障害患者は強迫症患者に比べて物や情報を過度に収集する『溜めこみ』や整理整頓に関する強迫行動が多いとも報告しています。しかし、調査人数が少なく対象者の年齢も成人であることから、これらの結果を子どもにまで適用することは難しいでしょう。
発達障害でみられる『こだわり』などが周囲との関係に摩擦を起こして、二次障害として強迫症を発症してしまうことも少なくありません。また、強迫症と発達障害の併発率も2.6~37.2%と報告されており、発達障害と強迫症の症状をもつ子どもは一定数いると考えられます。
発達障害の有無にかかわらず、考えや行動に固執することには不快感を伴いやすいため、この不快感をきっかけに子どもの特性を理解したり支援を検討したりすることが望まれます。
みんなのメンタルヘルス-強迫性障害 厚生労働省
子ども情報ステーション-強迫性障害 - NPO法人ぷるすあるは
広汎性発達障害を伴う強迫性障害の特徴についての研究 山下陽子 精神神経学雑誌 第112巻 第9号 2010 853-866
発達障害を有する子どもの強迫性障害への対応 東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室
社交不安障害
社交不安障害は、人前で恥をかいたり拒絶されたり不快な思いをさせたりすることを極度に恐れることで、そのような場面に強い苦痛を感じたり避けたりする疾患です。例えば、
- 人前で話すと赤面したり汗をかいたりしてしまうので必要な発言も避けてしまう。
- 食べているところを見られるのが恥ずかしいので、外食できない。
- 文字を書くところを見られると過剰に手が震えてしまうので書かない。
- 自分の体臭や視線が他人に嫌な思いをさせていないか気になりすぎてしまう。
- 相手に話しかけたらバカにされるかもしれないので話しかけられない。 など
日本では対人恐怖症として知られているものですが、通常以上の強い苦痛を感じたり、通学や通学などもできなくなるほどの場面回避が出現したりすることで、社会生活が大きく損なわれることが特徴です。
原因は明確にはわかっていませんが、脳の器質的な素因や生育環境が大きく影響すると言われています。脳の器質的な素因としては、不安などの感情に関わる扁桃体が活性化しやすいことが指摘されていますが、これについても解明はされていません。
社交不安障害の有病率と発症時期
生涯有病率は約13%と報告があります。このことは「一生のうち一度でも社交不安障害にかかる割合が、7 人に 1 人程度」ということであり、かなり高い数値となっています。また、発症年齢が「平均13歳」と若いため、児童期や思春期にある子どもやその保護者においては、本人の性格と考えてしまいやすいため、医療機関につながることが難しいことも少なくありません。
社交不安障害の治療
社交不安障害の治療には、薬物療法と認知行動療法が行われます。また森田療法の適応も良好といわれています。
森田療法は、森田正馬(もりたまさたけ)によって創始された精神療法で、対人恐怖、広場恐怖、強迫神経症、パニック障害、全般性不安障害、心気症などの恐怖症や神経症に高い治療効果があることがわかっています。例えば、人前でスピーチをするときに、上手に完璧に伝えようと思いすぎるあまり、赤面や声が震えてしまうことに不安を感じてしまうだけでなく、「この不安がなかったら上手にできるのに」と不安の解消ばかりにとらわれてしまい、人前でのスピーチを避けてしまうようになります。森田療法では、不安を抱えながらもなすべきことを実行させます。つまり、スピーチにおいてなすべきことは「内容を伝えること」であり、伝え方(声が震える、言い淀む)や不安の解消は問題ではないのです。このような現実的な対処行動により『あるがまま』の自分を受け入れられるようになると、理想と現実との葛藤で生じる神経症状は改善されていくのです。
以前は入院療法として知られることの多かった森田療法ですが、外来療法としてもその方法を確立しています。
森田療法とは 公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団
社交不安障害と発達障害
社交不安障害では、他人と目を合わせない、集団場面を避けるなどの現症がみられることがあります。同様の現症は自閉スペクトラム症においてもみられることがあります。しかし、社交不安障害の現症の背景には、自分が恥をかいてしまうことや相手に不快な思いをさせてしまうことへの不安があり、社会性そのものの困難が特徴である自閉スペクトラム症の現症とは本質的に異なります。そのため、対応法や治療法も異なります。
ただし、自閉スペクトラム症患者の中には、成長とともに対人交流場面に対して苦手意識を抱くようになる方もおり、二次障害として社交不安障害を発症するケースも少なくありません。
一般的に、対人交流場面の問題は「消極的な性格」「集団よりも一人を好む」などの性格要因とみなされ、励ましや容認によって対処されてしまうことがあります。消極的な性格ではなく社交不安障害が、一人を好んでいるのではなく自閉スペクトラム症が背景にあるかもしれません。子どもの様子が気になる場合には、専門家に相談し、適切な対応をとることが大切です。
アタッチメント(愛着)関連障害
アタッチメント障害(愛着障害)は、主たる養育者と適切なアタッチメント(愛着)が形成できなかったことで、子どもの情緒や対人関係に問題が生じる状態を幅広く含んだ状態です。
以前のアメリカの診断基準であるDSM-Ⅳでは、アタッチメント(愛着)障害には抑制型と脱抑制型とがありましたが、現在の診断基準DSM-Vでは、前者を『反応性アタッチメント(愛着)障害』、後者を『脱抑制型対人交流障害』と分類することになりました。脱抑制型対人交流障害では、アタッチメント(愛着)が形成されていることが少なくないことが分かったからです。しかし、反応性アタッチメント(愛着)障害も脱抑制型対人交流障害も、不適切な養育環境が背景にあることが条件となっており、両者とも『アタッチメント(愛着)関連障害』として捉えられることが多いようです。
なおこの記事では、『愛着』の文字から、『愛情』や『母性愛』が関連すると誤解を招く恐れがあるため、以降からは『アタッチメント』を使用します。
アタッチメントとは
アタッチメントとは、不安や困難が生じたときに、主たる養育者を安心・安全の拠り所である安全基地として利用することで、安心感を得るような関係のことを言います。単なる母子関係に見られるような養育関係のことや、大人と子どもとの間に築かれる情緒的な交流をする関係のことではありません。
例えば、初めての状況に不安を感じた幼児は、母親にしがみついたり母親の表情を確認したりして安心を得ようとします。子どもは成長するにつれてそのような直接的な方法ではなく、母親のイメージや考えを思い浮かべて、安心を得ていくようになっていきます。子どもは安心感を得られると、不安な状況や見知らぬ人に対しても探索行動や働きかけをすることができるようになるのです。つまり、子どもは母などの主たる養育者に接近することで危機的場面に対処できるようになり、これにより発達を遂げていくのです。
アタッチメントのタイプ
アタッチメントには様々な以下の通りタイプがあることが分かっています。
- 回避型:危機的場面でも平気を装い、主たる養育者に接近しない
- 両価型(抗議型):主たる養育者に対する接近が大げさで、なかなかおさまらない
- 安定型:主たる養育者に対する接近が適度で、安心感を得ることができる
- 無秩序・無方向型:不安場面で主たる養育者に近づこうとするが固まってしまったりする
これらのアタッチメントタイプのいずれかが問題であるということではありません。以前は、無秩序・無方向型のアタッチメントは虐待を受けた子どもにみられると指摘されていましたが、現在では、通常の家庭でも1~2割に見られることが分かっています。
反応性アタッチメント障害と脱抑制型対人交流障害
上記のアタッチメントのタイプと異なり、明らかに病的なアタッチメントには『反応性アタッチメント障害』と『脱抑制型対人交流障害』があります。反応性アタッチメント障害の幼少期の特徴に以下のようなものがあります。
- 困難な状況にもかかわらず、誰に対しても情緒的な交流や表出をしない
- 困ったときに養育者に慰められたり安心を提供されたりしても反応しない
特に笑ったり、微笑んだりする陽性の感情反応が乏しく、状況が脅威でないときでも不安や恐怖を示していることがあります。
脱抑制型対人交流障害の幼少期の特徴の一部に以下のようなものがあります。
- 見慣れない大人でもためらいもなく近づきすぎる。
- 見慣れない新規な状況でも主たる養育者を振り返ることなく離れて行ってしまう。
反応性アタッチメント障害ではアタッチメントが形成されていないために不安や困難場面でも周囲に無関心で用心深く、信頼しないなどの行動が見られることがあります。脱抑制型対人交流障害ではアタッチメントが形成されていつつも、特定の主たる養育者に限らず広く向けられるため、過度になれなれしすぎたり、近づきすぎたりすることがあります。
両者にはアタッチメントを形成しているかどうかの違いがありますが、幼少期に虐待やその他の不適切な養育環境を経験していることが共通しています。
アタッチメント関連障害の原因と治療
先に説明した通り、アタッチメント関連障害は幼少期の虐待や不適切な養育環境が背景にあることが分かっています。
児童虐待の防止に等に関する法律(通称、児童虐待防止法)によると、子どもへの虐待は以下の4つに分類されます。
- 身体的虐待:児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
- 性的虐待:児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
- ネグレクト(育児放棄):児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者としての監護を著しく怠ることなど。
- 精神的虐待:児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力など。
不適切な養育環境として、例えば、ルーマニアのチャウシェスク政権では、10万人以上の孤児が大型の施設に収容されており、十分な衛生管理やケアを提供できませんでした。このような環境で育った子どもたちには、
- 自閉スペクトラム症に類似した不良な社会的な反応
- だれかれ構わずなれなれしい行動
- 多動や不注意行動
- 知的能力障害
がみられたことが分かっています。
また、これほどにまで劣悪ではなくても、一人の保育者が大勢の子どもに対応し、かつ、保育者の担当も固定せず頻繁に入れ替わるような養育環境では、『構造化された養育放棄』となりやすく、不適切な養育につながってしまうことがあります。
なお、アメリカ国立子ども人間発達研究所の大規模、かつ長期的な調査では、乳幼児保育そのものが母子間のアタッチメントの発達を阻害することはないと報告しています。 一般的には、養育者と子どもとの相互のやり取りに介入したり、養育者がどのような場面で子どもが何をイメージしているかを考えたりすることで、アタッチメント関連障害の改善を図っていきます。 例えば、アタッチメント理論に基づいて行われる『サークルオブセキュリティ』(「安心感の輪」子育てプログラム)では、保護者が子どもとやり取りする場面を録画してこれを鑑賞します。これにより、親を求めてくるときに子どもはどのようなイメージや考えを持っているかを振り返り、やり取りをしている最中の考えと振り返りでわかったことを捉えなおしていきます。
児童虐待の防止等に関する法律 厚生労働省
発達初期の保育と子どもの発達に関する研究 アメリカ国立子ども人間発達研究所
サークルオブセキュリティについて Circle of security of Japan
アタッチメント関連障害と発達障害
反応性アタッチメント障害では、人との交流や気持ちの反応が少ないこともあり、一見すると自閉スペクトラム症のような症状に見えることがあります。また、脱抑制型対人交流障害では、初めての場所でも振り返らずに行ってしまったり周囲の大人の気を引こうとしたりするため、一見すると注意欠如多動症(ADHD)のような症状に見えることがあります。
また、自閉スペクトラム症をもつ子どもには独特の感情表出や感情理解をする場合があるため、養育者が子どもの感情表出を読み取れずに適切に関われなかったり、養育者が適切に対応しても子どもがそれを誤って捉えてしまったりすることがあり、不安定なアタッチメントにつながる可能性もあります。 いずれもの状態も発達障害によるものなのか、アタッチメント関連障害によるものなのか、成育歴や養育歴を丁寧に聴取した鑑別が必要になります。