ADHDについて
話しかけているのにぼーっとして聞いていない、お友達に手が出てしまう、忘れ物が多い、片付けができないなどなど、これら子どもの行動に心穏やかにいることは容易ではないでしょう。「話をききなさい」「ちゃんとしなさい」と何度言ってもよくならず、最終的にイライラして大きな声になってしまい、自己嫌悪に陥ってしまう。
これらの要因の一つにADHDがあるかもしれません。最近ではADHDをカミングアウトする著名人も多く見られます。そこで、この記事ではADHDについて解説していきます。
ADHDとは?
ADHDはAttention Deficit Hyperactivity Disorderのそれぞれの頭文字から作られた用語で、注意欠如・多動性障害といいます。
ADHDは脳の機能がうまくいかないことで生じる病気で、生まれたときからみられる場合もあれば、出生直後に発症する場合もあります。子育てが原因で生じることはありません。
ADHDには以下の3種類のタイプがあります。
- 不注意型:主に注意を持続したり、集中したり、課題をやり遂げたりすることが難しい
- 多動衝動型:過剰に活動的で衝動的
- 混合型:上記の両方がみられる
ADHDの患者数についてはかなりの議論がありますが、学齢期の子どもの8~11%にADHDが見られると推定されており、男児は女児に比べて2倍多くみられます。
ADHDの徴候の多くは、4、5歳頃に気づかれることが少なくありません。というのも、幼児期中盤になると言葉で考えて計画したり抑えたりすることができ始めるからです。小学校を卒業する12歳頃までにはほぼ明らかになりますが、授業中に立ち歩く、他人に手が出るなどの問題行動のない不注意型では学齢期には見過ごされてしまうことがあり、教師や保護者から離れて一人で生活していかなければならない青年期や社会人になって初めて問題に気づかれることもあります。
ADHDにより、衝動的に判断、行動してしまいトラブルにつながる、財布や携帯電話などをなくしてしまうなど、学校生活や社会生活に問題が生じやすくなってしまいますが、環境調整やソーシャルスキルトレーニング、薬物療法などで症状や困りごとが緩和することもあり、行動力や発想の豊かさなどADHDの特性を生かして活躍している方もいます。
ADHDの原因は?
研究により、ADHDには神経伝達物質(脳内で神経信号を伝達する物質)の異常が関与している可能性が高いことが分かっていますが、ADHDの症状が起こる確かな原因はまだ解明されていません。近年の研究からADHDの人は、行動等をコントロールしている神経系の機能に異常があると考えられ、脳の前頭前野部分の関連が有力視されています。
脳が働くためには、ドーパミンやノルアドレナリンといった神経伝達物質が必要です。しかしADHDの人の場合、神経伝達物質がうまく運べず、そのために「多動」「衝動」「不注意」の3つの特徴が現れると考えられているのです。また、前頭前野の働きが弱いと、五感からの刺激を敏感に感じ取ってしまいます。感覚を過剰に感じてしまうので、論理的に考えたり集中したりするのが苦手になる傾向があるとの説もあります。
まだ明確な原因の解明には至っていませんが、複数の関連遺伝子が先天的な脳機能の偏りに関わり、それが様々な環境的要因と相互に影響し合ってADHDの症状が生じると考えられます。ひと昔前に指摘されていたような親の育て方やしつけが原因であるとの考え方は、現在は明確に否定されています。
その他の危険因子として、低出生体重(1500グラム未満)、乳幼児期の頭部の怪我、脳の感染症、鉄欠乏症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、鉛中毒のほか、出生前にアルコール、タバコ、コカインにさらされることなども指摘されています。
ADHDの3つの症状による困りごと
ADHDによる『不注意』『多動』『衝動』の特徴により、以下のような困りごとが生じることがあります。
不注意
- 勉強でケアレスミスをする
- 集中して何かをするのが苦手、気が散りやすい
- 話を聞いていない(ように見える)
- 物事の順序を踏んで理解することが苦手
- 計画的に勉強するがことが苦手
- 同じことを繰り返す単純作業が苦手
- 忘れ物やなくし物 など
多動
- 授業中に長時間座っていることができず、席を離れてしまう
- 足をバタバタさせたり手遊びをしたりしてしまう(結果、授業を聞いていない)
- 椅子の船漕ぎ(後方に転倒することも)
- おしゃべりが止まらない
- 何かに急き立てられているかのようにせかせか活動している など
衝動性
- 質問が終わらないうちに答えてしまう
- 問題を最後まで読まずに回答するため誤答になる
- 順番待ちが苦手
- 作業している友達に加わろうとして、結果的に邪魔をしてしまう
- 友達の手が肩にあたったのを叩かれたと思い、反撃してしまう
- 気になる物があると購入してしまう(クレジットカードで買い物をしすぎる) など
成長とともに多動や衝動性は落ち着いていくことが少なくありません。経験が増え、衝動的に判断してしまうことが減ってくるためです。一方、不注意は大人になっても残ることがあります。有病率は大人で2.5%前後と言われており、いくつかの仕事を同時にするのが苦手、同じミスを繰り返す、用事を忘れる、部屋を片付けられないということで気づかれることが多いようです。なかには怠けている、やる気がないとみなされていることもあり、治療まずは周囲の適切な理解を得ることが必要になることもあります。
学校生活ではこんな困りごとが
児童期までは、経験や学習による知識の獲得、繰り返し練習による技術の向上、友達との交流や学校生活の規律を守ることが難しくなることがあります。
不注意型ADHDでは、座学よりも実技による学習を好むことが多いようです。黒板を見たり話を聞いたりする受動的な学習では、注意を持続しにくく、体を動かしたり実物を触ったりする能動的な授業の方が注意を維持しやすいことが背景にあると考えられます。
様々な研究調査から、ADHDの子どもの約20~60%に学習困難がみられると言われており、例えば、不注意のために難しい漢字を詳細に記憶できずテストで低得点になる、衝動性が強いために熟考せず回答して誤答になるなどです。ある程度の学業不振はADHDの子どもの多くにみられるため、知的障害や学習障害との鑑別が必要です。
多動衝動が強いために、耐えることが苦手、反抗・攻撃性が高い、やりたいことを止められてかんしゃくを起こす、友人関係を構築したり社会的に適切な行動をしたりすることが苦手になることがあります。また、寝つきが悪い、夜中に起きてしまうなどの睡眠障害や、気分の浮き沈みが激しいなどが明らかになる場合もあります。
青年期以降での多動衝動は幼児のように明らかではなく、落ち着きがない、そわそわした動きとして現れることが少なくありません。多動衝動に比べて不注意は持続しやすく、学生時代には学業不振、社会人では仕事でのミスが続いてしまい、それによって自尊心を低下させてしまいます。衝動性が強いADHDの場合、青年期以降にパーソナリティ特性の障害や反社会的行動の頻度が高くなることがあります。その多くは未熟な社会的技能や児童期に受けた不適切な支援が背景にあることが少なくありません。
ADHDの併存障害
ADHDは、学習障害や自閉スペクトラム症、うつ病や不安障害との併存障害が多いといわれています。併存障害とは、障害や病気を持っている人が、もともともっていた障害(併存症)や、後になって発症する障害(合併症・二次障害)を意味します。ADHDの併存障害には以下のようなものが挙げられます。
併存症
- LD(学習障害)
- 自閉スペクトラム症
- チック症
- 強迫性障害 など
合併症(二次障害)
- うつ病
- 不安障害
- 反抗挑戦性障害 など
二次障害である抑うつや反抗的な態度の形成は、子ども自身の要因として、忘れ物や計画不足のために活動に参加できないでいることが続いたり、学業・仕事の成績が低下したりすることで自尊心が低下してしまうことで生じるだけでなく、保護者や教師の要因として、誤解や無理解によって叱責が増加してしまうために生じることが多いです。
久保田らの調査では、ADHDの子どもの約80%に何らかの併存障害が伴っていたとあり、かなりの割合の子どもに早期かつ複合的な支援が必要になることが予想されます。
久保田真由、原田謙(2010)ADHDの併存症・合併症、Pharma Medica Vol.28 No.11, 25-28
ADHDと親子関係・教師生徒関係
ADHDの3つの特性(不注意、多動、衝動)により、上記のように子ども自身が困難を抱えてしまうだけでなく、子ども達を支える保護者や教師がストレスをため込んでしまうこともあります。 例えば、繰り返し手伝っても片付けができない、幾度となく叱ったが友達に手が出てしまう、何度言ってもプリントを出さないなど。保護者や教師にとっては自分の子育てや指導に自信を失ってしまうだけでなく、つい声を荒げてしまい、そんな自分に自己嫌悪に陥ってしまうことがあります。
保護者や教師は子どもの問題行動をしつけや教育によって改善しようとしてしまうのですが、ADHDは脳の機能の問題によって生じているため、しつけや教育により改善することは困難です。特にADHDについて知識が乏しかったり誤解があったりすることで、そのような方法をしてしまう傾向が強く、言っても教えても改善しないのでますますイライラが募ったり、「わざとしている」と誤解によりさらに叱責をしてしまい、悪循環が形成されてしまいます。
子どもは悪気があって不適切な行動を起こしているわけではないため、周囲のADHDに対する理解や支援が子どものために必須であるだけでなく、支援をする大人のストレス対処のためにも必要となるのです。
ADHDの治療法
ADHDの治療は「心理社会的治療」と「薬物治療」に分けられますが、一人ひとりに合った治療計画が立てられなければなりません。一般的な治療ガイドラインでは、まず環境調整などの心理社会的治療から始めて対人関係能力や社会性などが身につくような支援を行い、必要に応じて薬物治療を行うことを推奨しています。
心理社会学的治療
ADHDと診断されてまず検討されるのが心理社会的治療です。心理社会的治療には以下のようなものがあります。
1環境調整
本人の問題に応じて生活しやすいように周囲の環境を工夫します。例えば、忘れ物がないように次の日に学校へ持っていく物をリストにして親子で一緒に確認する、授業中に運動場の様子やほかの生徒の様子に注意がそれてしまわぬよう、窓側でない前方に席を設ける、などの対応が考えられます。2行動療法
望ましい行動ができたときには褒めるなど、子どもにとって好まれるフィードバックを行い、望ましい行動を強化(強くしたり増加させたりすること)させます。望ましくない行動には、その行動を強化してしまうようなフィードバックを避けます。また、望ましくない行動が生じる前の状況やきっかけを調整することで、そのような行動自体を起こさせないようにする方法もあります。3ソーシャルスキルトレーニング(SST)
社会(ソーシャル)とうまく関わっていくために必要な技術(スキル)を身に着けるための訓練方法です。最近は療育の場や医療機関だけでなく、教育現場でも広まりつつあります。人とのやり取りや感情のコントロールの仕方、学校生活の送り方などを、指導者と一対一や小集団グループで学びます。4ペアレントトレーニング・ティーチャーズトレーニング
同じ悩みを持つ保護者や教員同士が集まり、行動療法の理論に基づいて子どもの行動を理解して効果的な関わり方を学ぶプログラムです。子どもの適切な行動を増やすとともに、不適切な行動を減らしていくような関わりを習得していきます。参加者がロールプレイ(予行演習)をする方法をとる場合が多いです。 子どもの問題行動が減少、改善するだけでなく、子どもとのやり取りがスムーズになり、保護者のストレスが軽減、教員の指導が実施されやすくなることも目的の一つです。最近は医療機関だけでなく、子育て支援の一つとして取り組む自治体もあります。その他の治療法や対応法についてはこちらを参照ください。
薬物治療
薬物治療は、環境調整などでは改善が困難である場合に実施されます。その場合でも、薬物療法単独で行われることはなく、心理社会的治療と並行して実施されます。
ADHDの薬は脳の機能の働きを助けて症状を和らげることが目的であり、服用によりADHDを根本的に治療するものではありません。服用により不注意や衝動性が緩和されることで、症状が強い時には理解が難しかった様々なスキルを習得しやすくなるという利点があるのです。
現在、日本で使用可能な抗ADHD薬は、年齢制限(6歳から)や登録制度が設けられており、処方の際にはその効果や副作用について医師から十分な説明を受けなければなりません。処方後は経過観察のために一定期間の通院が必要なり、治療に関わる拘束期間が生じます。なお、薬はずっと飲み続けなければならないというものではありません。薬の減量や中止は本人の状態と周囲の人たちが本人の特性を理解すること、うまく対応できていること、この2つの状況が長期間持続している場合に検討されます。
友達に手が出ることや授業中に立ち歩くことがなくならないから、といった理由で自己判断にて増減せず、医師や薬剤師に必ず相談をしましょう。
ADHD(注意欠如・多動症)の診断と治療 厚生労働省
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-003.html
薬学の時間
http://medical.radionikkei.jp/medicalq/Press_0612_MedicalQ7.pdf
参考文献 斎藤 万比古編 (2016) 注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン