DCDについて
2つ以上の動きを同時に行うことを「協調運動」と言います。この協調運動がうまく組み立てられないことで、学校や家庭で困難が生じやすくなります。単なる運動音痴や不器用とくくってしまい、何度も練習させたり訓練させたりすることは、非効果的であるだけでなく、本人の自尊心を強く傷つけてしまうことがあります。
この記事では発達性協調運動障害の具体像や支援について解説していきます。
発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder: DCD)とは
2つ以上の動きを同時に行うことを「協調運動」と言います。
発達性協調運動障害(DCD)とは、この『協調運動』の困難が子どもの時期までに起きる(=発達性)脳の障害です。
協調運動障害では、例えば自転車に乗るときに手でハンドル操作をしながら足でペダルをこぐなど、異なる動きを同時に行うことが難しくなります。運動やスポーツに限らず、学習場面では姿勢を保ちながら書く、日常生活では水をすくった両手を顔に近づけて顔を洗うなど、様々な場面で深く関係するためその障害は生活の質(QOL)を著しく低下させてしまいます。その他にも以下のような現象が生じることがあります。
- 寝返りやハイハイなどの習得が遅い
- ひとつひとつの動作に時間がかかる
- 球技などの複雑な動きができない
- 何もないところで転ぶ
- 転んだ時に手をつけない
- 歩いているときにものにぶつかりやすい
- ボタンを留める、靴紐を結ぶなどの日常動作が困難
- ラジオ体操やダンスなどで手足がついて行かない
- 文房具や箸、スプーンなどをうまく使えない
- ものを掴むときの力が弱すぎる、強すぎる
- バランス感覚が悪く、椅子から落ちてしまう
- 理解はよいが漢字の形が整わない、文字が汚い
- 道具の利用や楽器の演奏など、手先を使う実技系の授業を嫌う
- ジャングルジムやブランコなどバランス感覚を必要とする遊具を怖がる など
発達性協調運動障害の子どもは年齢や知能に比べて運動能力が特に低く、日常生活の簡単な動作にも不器用であるなどの傾向があります。また、個人の身体機能に問題がないにも関わらず、多くの子どもが難なくこなせるような簡単な運動でも、かなり不器用な動作になるため、親や教師が「ふざけているのではないか」と誤った評価をしてしまうことがあります。発達性協調運動障害があっても、子ども自身は運動が嫌いなわけではないため、周囲と同じように運動できないことで、自尊心を傷つけてしまうことも少なくありません。
発達性運動協調障害の診断
日本では発達性運動協調障害の標準的な診断基準は未だ研究途上であるため、ここでは国際的に定評のある検査法を紹介します。検査の結果のみで医学的な診断とすべきではありません。
●DCDQ:Developmental Coordination Disorder Questionnaire
DCDQは発達性協調運動障害を診断するための国際的な基準とされ、対象年齢は5歳~15歳です。「動作における身体統制(6項目)」「書字・微細運動(4項目)」「全般的協応性(5項目)」の3つ計15項目の質問に対しに回答し、「全く当てはまらない」に1点、「当てはまる」に3点、「全くそのとおり」に5点と点数をつけ、合計点数が高いほど発達性協調運動障害の可能性が高いということになります。
DCDQは、主に学校場面を想定して作られており、質問内容は以下のようになります。
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動作における身体統制
ボールを投げるのが苦手、ボールを捕るのが苦手、走ることが苦手など、基本的な体の動きが苦手かどうかを計るための項目となっており、体のバランスや大きな筋肉の動きに関連しています。 -
書字・微細運動
はさみを使って切るのが苦手、正確に描くことが苦手など細かい指の動きが必要になる動作に関する質問があり、『不器用』と判断される要因の多くはこの項目に含まれます。 -
全般的協応性
スポーツに参加するのが好きか、疲れやすいかなどの質問項目があります。全般的協応性は、運動すること全般に対する項目です。
質問項目には『基本的な動作ができるかどうか』という点が多く含まれています。ただ不器用なだけの子どもは、よく注意をしていればはさみを使えたり、文字を正確に書けたりできますが、発達性協調運動障害では『日常的に難なくできるはずの動作が困難である』ことが症状の特徴です。食事や排せつ、着替えなどの動作ができない、はさみや箸などの道具が使えない、他の子どもの動作についていけないなど、『不器用』では済まされないレベルの問題が出てくるのが発達性協調運動障害の症状であり、この動作困難が日常生活に影響を与えていることも重要な点になります。
Download the DCDQ https://www.dcdq.ca/
●M-ABC2:Movement Assessment Battery for Children第2版
ボール、貯金箱、ペグ刺し、バランスボードなどを使って動作を観察して評価する方法がM-ABC2です。
DCDQのように質問に回答する形式ではなく実際に動作を確認できるため、非常に具体的に現象を観察することができます。ただし、ボールを使ったりするため、診察室のような限定的な空間では実施が難しいことがあります。
現在、日本で使用できるように研究が進められています。
understanding DCD Oxford Brookes University
https://www.youtube.com/watch?v=9ZjQILd5esk
発達性協調運動障害の原因と特徴
発達性協調運動障害の原因はまだ詳しく解明されていませんが、早産児や低出生体重児によく見られることが知られています。また、遺伝的な要因や神経学的な異常、脳内の情報処理が上手くいかないなどが要因としてあげられており、一般的には運動をまとめる脳のプロセスの問題と指摘されています。
世界的な報告を見ると、発達性協調運動障害の頻度は約6~10%と非常に多いだけでなく、注意欠如多動性障害(ADHD)の約30~50%、学習障害(LD)の約50%に併存すると報告されています。また、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもの多くに不器用を認めることもよく知られています。発達性協調運動障害は注意欠如多動性障害や自閉スペクトラム症の症状にも同時に見られることがあるため、こちらの障害と混同されてしまうことがあります。また、発達性協調運動障害と注意欠如多動性障害を同時に持っている子供は、注意欠如多動性障害のみを発症している子供に比べて強い症状が現れることが多いようです。
性差として、2:1~7:1で女子よりも男子の方が発症しやすいといわれており、5~11歳までの子どもでは、5~6%の確率で発症すると考えられています。
発達性協調運動障害の治療と支援
発達性協調運動障害は「ただ不器用なだけ」と思われることが多く、見過ごされることが多い障害でした。しかし、協調運動に問題があると学習に支障をきたしたり、交友関係が狭められたりする原因にもなります。『極端な不器用』が見られるときには、早めに病院を受診して支援を受けることが望まれますが、日本では発達性協調運動障害を専門的にみられる医療機関は多くないのが現状です。
治療方法としては、作業療法と理学療法の2つを用いて改善を目指します。
作業療法
作業療法では、作業(子どもの場合は主に『遊び』)を通して、複合的な動作ができるように支援していきます。運動、日常生活、学習などの動作をスムーズに行えるようにするために、基本的な動作に加え、動きと動きの統合ができるように支援します。 発達性協調運動障害のある子どもは、一つひとつの行動の統合が苦手であることが分かっており、作業療法は発達性協調運動障害の改善に効果があると言われています。
理学療法
一般的な理学療法は高齢者や障害などによって運動機能が低下した状態にある人々に対してリハビリを実施します。運動機能の維持や改善を目的に運動、温熱、電気、水、光線などの物理的手段が用いられることがあります。 発達性協調運動障害では特に運動による理学療法が改善に役立つと言われています。
発達性協調運動障害の改善には病院の治療だけではなく、家庭でできる活動でも効果があります。発達性協調運動障害の子供は指先の微細な力加減を調整すること、視覚と筋肉の動きを結びつけることなどが苦手です。そのため、それらを発達させるための遊びや日常生活動作を行うとよいでしょう。
例えば以下のような遊びや日常生活動作が挙げられます。
- ブロックを使ってさまざまなものを作ることで細かな作業の訓練をする
- 粘度遊びで粘土の形を変形させ、細かい作業を行うことで指先の感覚を鍛える
- ブランコやアスレチックで遊ぶことによって体重を支える力加減を学習する
- ピンチハンガー(洗濯ばさみがたくさんついたハンガー)に洗濯物を干す手伝いをすることで、手先でつまむ練習をする
発達性協調運動障害のある子どもへの接し方
専門的な治療以外で可能な支援の方法についてご紹介します。
①苦手な動きは目に見える形で示す
発達性協調運動障害の子どもは、自分がうまく動けていないことに気がついていない場合があります。そのため、その状態を視覚的に見えるような形にして、かつ、本人にわかるような方法(例:向かい合うのではなく鏡を一緒に見て)でプロセスを提示してあげると分かりやすくなります。
例えば、DCDの子どもは肘を思いっきり伸ばしている状態だと思っていても、周囲から見れば全く伸びていないという場合があります。この場合、思いっきり万歳をしてもらって、その姿を写真に撮って本人に見せます。すると、自分の肘は伸びていなかったのだと気がつくことができます。運動機能を高めていくためには、まず自分の苦手なところを発見することが大切です。そのためには、親が子どもをよく観察してあげる必要があります。
②うまくできるようにサポートしてあげる
苦手な部分を自覚させたら、次はその動作ができるようにサポートします。上で述べた肘が伸びていない例であれば、おそらく手を放すとすぐに元に戻ってしまいます。この場合、元に戻ったらまた伸ばしてあげます。この様にサポートを続けると、だんだん肘を伸ばした感覚が理解できるようになることがあります。
③練習は子どもが楽しめるようにする
嫌々練習をしても上達しないため、楽しみながら練習することが大切です。例えば、公園のブランコでは以下のようなことに気が付くかもしれません。
- 鉄棒や鎖を使って物を握ることを覚える
- 体重を支えるために必要な力の入れ方がわかる
- ブランコに乗ってバランス感覚を磨く
このように遊びの中で身体の使い方を理解していくのがよいでしょう。
④道具を活用する
苦手な動作を改善するために訓練や練習を繰り返すだけでなく、苦手な方法を補う道具を活用することも有効です。下記は補助道具のごく一部です。
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ハートリーフクッション
座った姿勢を保つことに困難がある場合、文字を書く手の運動が乱れて文字を書くのが雑になったり、頭の位置が一定しないために文章を読んだり黒板を写したりすることにつかれたりすることがあります。クッションの中には自発的に姿勢を保てるような形状に工夫されたものがあります。 -
スーパーコンパス『くるんパス』
手先の力の入れ方が不器用なために、コンパスで円を描こうとするとコンパスが広がってしまって上手に書けないことがあります。スーパーコンパス『くるんパス』は、力が入ってしまってもコンパスが広がりにくい形状になっています。 -
三角鉛筆
三角形の形状が指に収まり、鉛筆を持ちやすくなります。これにより整った文字を書けるようになることがあります。
⑤運動を楽しめる機会、誰でも楽しめる競技内容の提供
運動は運動能力の優劣をつけたり、ある競技で競い合ったりと、『比較』がなされてしまうことが少なくありません。発達性協調運動障害のある子どもは、運動が苦手ではありますが運動が嫌いなわけではありません。
優劣を競わない運動そのものを楽しめる機会を提供することで、誰かに勝つためではなく体を動かす楽しみを経験できる運動ができるようにしたり、あまり運動能力が関与しない競技内容を提供したりすることがとても大切です。
スポーツ弱者を、世界からなくす 世界ゆるスポーツ協会
http://yurusports.com/
参考文献
リサ・A・カーツ(七木田等訳)(2012)不器用さのある発達障害の子どもたち
運動スキルの支援のためのガイドブック 東京書籍