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合理的配慮と各種支援計画

『障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律』(以下 障害者差別解消法)にて、障害者への『合理的配慮』の提供が公的機関である公立学校において法的義務となりました(※2021年改正障害者差別解消法により、今後は私立学校でも義務化されることになりました)。
『合理的配慮』が学校で提供される場合には、『個別の教育支援計画』にその旨を記載することが望ましいとされています。
この記事では『合理的配慮』について詳しく説明し、学校で策定される『個別の教育支援計画』と『個別の指導計画』について解説します。

合理的配慮とは

2006(平成18)年に国連総会本会議で障害者の権利に関する条約(以下 障害者権利条約)が採択されました。この条約は障害者に関する初めての国際条約であり「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的(第一条)」にしています。

第二条では合理的配慮が下記のとおり記されています。

「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

ポイントを整理すると以下の三点になります。

ポイント1.障害者の人権や自由のための必要かつ適当な変更や調整

“配慮”という用語のために、思いやる、優しくする、気にかけるということでよしとしてしまいがちですが、「変更や調整」といった実質的な変化が必要になります。

ポイント2.特定の場合において必要とされる

障害をもつ特定の人が、特定の場面で要望したことに応じたときに『合理的配慮』となります。
例えば、駅の段差にスロープを設置することは、移動に困難のある方を想定した支援ですが、具体的な要請に基づかない事前の対応であるため『合理的配慮』ではなく『バリアフリー』に該当します。一方、車いすを利用するAさんが電車を利用する際、乗車介助のために駅員さんが車両とホームの間にスロープを設置する場合は、『バリアフリー』ではなく『合理的配慮』となります。

ポイント3.均衡を失(しっ)した又は過度の負担を課さない

合理的配慮の提供にあたっては、それが『過重な負担』ではないことを条件に設けています。
例えば「自閉スペクトラム症による聴覚過敏があり、教室での一斉指導は他の生徒の声が干渉して理解が難しくなる。そのため、全ての授業を一対一で実施してほしい。」との要望は、空き教室がない、講師を確保できないなどの学校の実施体制の制約から『過重な負担』と判断され、要望に応じることは困難となります。ただし、これは特定要望が過重な負担であるということであり、引き続き適当な配慮を検討しなければなりません。。

特に、特定の状況に応じて(ポイント2)、支援をめぐる双方に過重な負担とならない(ポイント3)という観点は、支援方法が障害に応じて一律に決められるものではなく、状況に応じて柔軟に決められるものであるということを意味しており、『合理的配慮』が“合理的”と呼ばれるゆえんとなります。

障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針『3合理的配慮 (2)過重な負担の考え方』 内閣府
過重な負担とは 独立行政法人日本学生支援機構

新しい形式の差別

障害者権利条約第二条には『障害に基づく差別』の定義が下記の通り表記されています。

「障害に基づく差別」とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。

合理的配慮を提供しないことは(ある一定の状況において)差別になることがあるのです。
川島によると差別には以下の二種類があると言います(川島 2016)。

  1. 1、等しい者を異なって扱う型の差別
    例えば、タクシーを利用しようとした際、女性であるということで乗車拒否にあったとすれば、男女の違いはあっても同じ人間であることを無視しているため、差別にあたります。
  2. 2、異なる者を異なって扱わない型の差別
    この種の差別は、文化、性別、障害など、異なる者をそうでない者と同様に等しく扱おうとするときに発生します。
    例えば、書字障害があるためにひらがなは書けても漢字を書くことに困難がある児童が、『江戸幕府を開いた人は?』の問題を『とくがわいえやす』と解答した場合、漢字で解答していないからと、これを間違いにすることは差別にあたる可能性があります。
    合理的配慮の提供方法としては「ひらがな解答を可能とする」として、『とくがわいえやす』の記載を正答とする方法があるでしょう。

『異なる者を異なって扱わない型の差別』は、日本ではこれまでにない形式の差別であり、まだ馴染めない人が少なくありません。
『等しい者を異なって扱う型の差別』は、不適切な対応であると考えられやすく、はっきりと「NO」と指摘しやすいのですが、『異なる者を異なって扱わない型の差別』は平等とみなされる条件のもとで生じやすいために、むしろ、合理的配慮のほうがルール違反や過剰な対応と考えられてしまうことがあるのです。
では、ペット同伴での飲食店への入店を例に考えてみましょう。一般的に、ペット同伴の入店は衛生面から禁止されます。『ペット同伴での入店禁止』というルールを、盲導犬を引き連れた視覚障害者にまで平等に適用し、「盲導犬の入店は不適切だ」と言ってしまうことは、果たして『平等』といえるでしょうか。
例えば、一部の鉄道会社では自転車などの大型荷物を電車に持ち込む際には別料金が必要になることがあります。このルールを、車椅子を利用している方にまで平等に適用することは、相手の事情を無視した『差別的な対応』と考えられるのではないでしょうか。

合理的配慮は「『ある人』に他の人と同等にできない特段の事情があれば、他の人が受けられる権利や利益と同等になるような特別待遇をします」ということであり、合理的配慮を提供しないこと(合理的配慮の不提供)は、障害のある方の権利を妨げる『差別』であると障害者権利条約は明言しているのです。

障害者の権利に関する条約 外務省
「障害者権利条約」パンフレット 外務省

合理的配慮の不提供は違反

国際法である障害者権利条約に批准するためには、国際法で定められた内容に適合した措置が日本国内でも取られるよう、国内法を整備しなければなりません。
そこで2013(平成25)年に、合理的配慮の内容が明記された障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下 障害者差別解消法)と障害者の雇用促進等に関する法律(以下 雇用促進法)が成立しました。
障害者差別解消法(第七条、第八条)と雇用促進法(第三十六条の二~四)では、合理的配慮の提供が義務として明記されました。障害者差別解消法の具体的な文言は下記のとおりです。(第八条は省略)

(行政機関等における障害を理由とする差別の禁止) 第七条 行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。 2 行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない

これに違反した場合、下記の通りの罰則が設けられています

第十二条 主務大臣は、第八条の規定の施行に関し、特に必要があると認めるときは、対応指針に定める事項について、当該事業者に対し、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。

第二十六条 第十二条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。

罰則は、合理的配慮を提供しないことそれ自体に対して科されるのではなく、主務大臣の求めに対する報告、報告の怠慢や虚偽報告への過料という形で科せられます。
「合理的配慮そのものへの罰則はないから」「適切に報告すれば過料は免れるから」合理的配慮は気にしすぎなくてもよい、ということではありません。既に述べた通り、合理的配慮の不提供は明らかな『差別』とされており、合理的配慮を提供しない企業は差別を是正しない企業とみなされ、信用失墜や企業価値の低下は免れません。もちろん、罰則や社会的制裁を避けるために合理的配慮提供の義務を履行するのではなく、人権を尊重する行為として合理的配慮を提供すべきでしょう。

なお『主務大臣による報告の求め』とは、例えば学校で合理的配慮の不提供が発生した場合は主務大臣である文部科学大臣が、病院で合理的配慮の不提供が発生した場合には厚生労働大臣が、各省庁が示した対応指針の定める事項に基づいて報告を求めます。
詳しくは『関係府省庁所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針 内閣府』を参照ください。

障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 e-Gov法令検索
『障害者差別解消法が制定されました』リーフレット 内閣府
「『合理的配慮』を知っていますか?』リーフレット 内閣府
Q7.企業などがこの法律に違反した場合、罰則が課せられるのでしょうか。 障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け>より 内閣府
関係府省庁所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針  内閣府

合理的配慮の具体例

新しい考え方である合理的配慮や差別の形(合理的配慮の不提供)を十分に理解し、かつ適切に実行していくことは容易ではありません。
合理的配慮の不提供が問題として表れやすい『異なる者を異なって扱わない型の差別』(川島 2016)は、頭では理解できても、いざそのような状況に立たされると「盲導犬の飲食店への入店はいいの?」「漢字ではなくひらがなの解答を正答としていいの?」など、どう判断して対処すべきか迷ってしまうものです。
そこで、各省庁は障害者差別解消法に関する対応指針で合理的配慮の具体的内容を示しているほか、内閣府では合理的配慮の提供事例を収集して、障害種別や生活場面別に整理した『合理的配慮等具体例データ集』を公表しています。
また、独立行政法人国立特別支援教育総合研究所では、教育現場における合理的配慮の実践事例に関するデータベースを作成しているほか、独自の啓発活動を行っている事業所もあります。
このような事例を参照して、自分たちにはどのような合理的配慮が提供できるのかを検討してみるのもよいでしょう。

文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針 文部科学省
合理的配慮等具体例データ集 内閣府
インクルーシブ教育システム構築支援データベース 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所
合理的配慮啓発ドラマ[配慮のKATAMARI~片嗣家の物語] 社会福祉法人まつえ友愛会
合理的配慮動画制作プロジェクトYouTube 社会福祉法人まつえ友愛会

合理的配慮の対象者は?

内閣府の『障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針』(以下 内閣府基本方針)で、次のように定めています。

対象となる障害者は、障害者基本法第2条第1号に規定する障害者、即ち、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」である。これは、障害者が日常生活又は社会生活において受ける制限は、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(難病に起因する障害を含む。)のみに起因するものではなく、社会における様々な障壁と相対することによって生ずるものとのいわゆる「社会モデル」の考え方を踏まえている。したがって、法が対象とする障害者は、いわゆる障害者手帳の所持者に限られない。なお、高次脳機能障害は精神障害に含まれる。

ポイントは以下の三点です。

  1. 1.障害者であること
    身体、知的、精神の障害の種別を問わず、『その他の心身の機能の障害』と、障害の範囲をかなり広く定義しています。
  2. 2.障害者手帳は不要
    合理的配慮を受ける条件に障害者手帳は必要とはされません。『障害者からの意思表明』が必要とされます。しかし、障害によって意思の表明が困難である、本人が障害を否認している、未診断・診断を受けているが本人に知らされていない、などのために本人からの申し出を期待することが難しい場合があります。
    内閣府基本方針では下記の通り、第三者が意思表明を補佐することや配慮提供者が働きかけることが望ましいとされており、「本人からの申し出がないので配慮はできない」との判断は不適切になります。

    障害者からの意思表明のみでなく、知的障害や精神障害(発達障害を含む。)等により本人の意思表明が困難な場合には、障害者の家族、介助者等、コミュニケーションを支援する者が本人を補佐して行う意思の表明も含む。  なお、意思の表明が困難な障害者が、家族、介助者等を伴っていない場合など、意思の表明がない場合であっても、当該障害者が社会的障壁の除去を必要としていることが明白である場合には、法の趣旨に鑑みれば、当該障害者に対して適切と思われる配慮を提案するために建設的対話を働きかけるなど、自主的な取組に努めることが望ましい。

    文部科学省の『障がいのある学生の修学支援に関する検討会報告(第一次まとめ)について』では、合理的配慮を決定する根拠資料として、障害者手帳、診断書、心理検査の結果、学内外の専門家の所見、高等学校等の大学入学前の支援状況に関する資料等をあげており、自治体によっては診断書の提出が必須ではない地域もあります。

  3. 3.障害だけでなく社会的障壁も条件とする
    心身の機能障害(障害)だけでなく、社会制度や環境との不適合(社会的障壁)によって、生活に支障をきたしているということが条件になります。これを専門用語で『障害の社会モデル』といいます。
    例えば、下肢麻痺により車いすを利用しているAさんが市街地へ外出しようとするとき、段差や階段のために思うように移動ができなくなることがあります。段差をなくしたりエレベーターを設置したりすれば、Aさんは自由に移動ができるようになります。つまり、Aさんの移動困難(生活の支障)は、下肢麻痺(障害)そのものによって生じているのではなく、段差や階段(社会的障壁)によって生じていると考えられるのです

『障害の社会モデル』を採用したことで、合理的配慮の幅は格段に広がりました。 これは「配慮しなければならない障害者が増えた」のではなく、「多様な人との共生の可能性が広がった」ということなのです。

例えば、性同一性障害(gender identity disorder)について考えてみましょう。
2019(令和元)年、世界保健機関(WHO)は精神障害に分類していた性同一性障害を精神障害の分類から除外し、名称も性別不合(gender incongruence)へと変更しました。
性同一性障害は性別不合になって『障害』ではなくなったから、配慮をしなくてもよいのでしょうか。障害であるかないかにかかわらず、性別不合を抱える方に対して、着替える場所、トイレ、制服など、社会的障壁に関して合理的な配慮は提供されてしかるべきでしょう。そうすることで、性別適合者と性別不合者は自身の独自性を修正することなく共生可能にもなるのです。

障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針 内閣府
障がいのある学生の修学支援に関する検討会報告(第一次まとめ)について 文部科学省
性同一性障害が障害の分類から外れる 一般社団法人アジア・太平洋人権情報センター

合理的配慮の手順

ここでは、学校で合理的配慮を求める場合の手順について説明します。

  1. 1.意思の表明
    本人・保護者から社会的障壁の除去を必要としていることを学校へ伝えます。窓口は、担任や特別支援コーディネーターが担当することが一般的です。
    「どんなことがお願いできるのか?」「“社会的障壁”がよくわからないが、子どもが困っている」など、どのようなことでもかまいません。まずは『とにかく相談をする』ことが重要です
  2. 2.調整
    担任を中心にして子どもの実態を把握します。子どもの困りごとの要因は何なのか、これに対してどのような支援が必要とされるか、その支援は学校が提供できるか、代替方法はないかを調整していきます。
    担任と本人・保護者による合意形成が困難な場合は、校内委員会などの校内体制に相談が引き継がれ、学校全体で対応を検討します。それでもなお合意形成が困難な場合は、市町村教育委員会や他の外部機関などを活用しながら、障害者差別解消法の趣旨に即して適切に対応を調整します。
  3. 3.決定・提供
    担任と本人・保護者の建設的な対話を重ね、合理的配慮の具体的な行動を決定し、実行します。決定した内容は『個別の教育支援計画』などに明記しておくことで、いつでも振り返ることができ、かつ、客観的な評価も可能になります。
  4. 4.評価
    教育現場でなされる合理的配慮の目的は「人権及び基本的自由を享有し、又は行使することの確保(障害者権利条約 第二条)」であり、成績をよくすることではありません。よって、テストの点数や成績を合理的配慮の評価基準にすることは不適切です。 障害者権利条約第24条『教育』の第2項には次のように記載されており、十分な教育が提供されているかどうかが評価のポイントになると考えられます。

    締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
    (a)障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
    (b)障害者が、他の者との平等を基礎として、自己の生活する地域社会において、障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育を享受することができること及び中等教育を享受することができること。
    (c)個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。
    (d)障害者が、その効果的な教育を容易にするために必要な支援を一般的な教育制度の下で受けること。
    (e)学問的及び社会的な発達を最大にする環境において、完全な包容という目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられること。

  5. 5.見直し
    すでに述べた通り、合理的配慮は特定の状況に応じて柔軟に決められるものです。障害の悪化・改善、バリアフリーの設置や周囲の理解の獲得など、社会的障壁の解消や本人の発達段階などに応じてその都度、柔軟に見直していきます。

『各学校における合理的配慮の提供のプロセス』 日本の特別支援教育の状況について  ※p6~に掲載 文部科学省 障害者の権利に関する条約 外務省

合理的配慮に関する注意点

本来業務に付随していること

本来の業務に関連しないものへの合理的配慮は提供できません。
例えば「車いすを利用しているので、段差の上り下りを介助してください」に対しては、合理的配慮の対象となりますが、「車いすを利用しているので、代わりに店で買い物をして来てください」は合理的配慮の対象とはなりません。
『文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針』(以下 文部科学省対応指針)には、読み書き障害の児童生徒への合理的配慮として、次のような記載をしています。

読み・書き等に困難のある児童生徒等のために、授業や試験でのタブレット端末等の ICT機器使用を許可したり、筆記に代えて口頭試問による学習評価を行ったりすること。

タブレット端末の準備や使いこなせるための練習は学校の本来業務ではなく、当事者がすべきということを示しています。これは低視力者が、眼鏡を買い、自分に合うようにレンズやフレームを調整することと同じことなのです。

文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針 ※p11に『使用許可』が記載 文部科学省

本人の意向を尊重する

当然のことながら本人の意向をないがしろにした合理的配慮はありません。本人の意向を尊重したつもりでも、次の例のように合理的配慮を実行することでプライバシーの問題を引き起こすことがあります。結果、本人の意向を損なってしまうことがあります。

  1. 1.障害の顕在化
    聴覚障害がある大学生のBさん。周囲に障害を知られることは否定的です。 大学に聴覚障害に対する配慮を要望したところ、ノートテイカー(代筆者)の配置が決定されました。ノートテイカーは支援員であることを示すため、大学のスタッフジャンパーを着用してBさんの隣に着席するため、周囲の学生はBさんが障害をもつことに気づいてしまいました。
  2. 2.障害のスポットライト化
    読み書き障害がある中学生のCさん。周囲には自分の障害を公表しています。 学習の配慮としてタブレット端末の使用が許可されました。授業中にタブレット端末を使用するCさんを、周囲の児童が物珍しそうに見てきます。Cさんは周囲の視線が気になって学習に集中できません。

    合理的配慮を提供することで思わぬプライバシーの侵害が出現することを、あらかじめ十分に説明したうえで、配慮の『内容』だけでなく配慮をどのように提供してほしいかという『方法』までも双方で話し合いをしておく必要があります(西倉 2016)

公平な評価のために建設的な対話の継続が必要

文部科学省対応指針では、合理的配慮は障害を持つ人が障害を持たない人と同等の機会を受けられるようにするための変更や調整であって、物事の本質的な機能に変更や調整を加えるものではないとしています。
例えば、読み書き障害のある中学生のCさんが、テストでタブレット端末を使用することについて検討してみましょう。読み書き障害の特徴として、文字をスラスラ読むことや漢字を正しく書くことに困難を伴いますが、内容を理解することや分析することに問題はありません。

そのテストが『授業の理解力を問うこと』を評価の本質とした中間テストだとすると、文章の音声化を目的にしたタブレット端末は、Cさんに求められる本質的な能力(理解すること)に変更を加えるものではないため、合理的配慮の方法として適切になります。
この場合のタブレット端末の使用は、Cさんに他の生徒と同等の機会(“理解力”を評価する)を保障するために、非本質的な能力(文字を読むこと)に変更や調整を加えた、ということになるでしょう。
一方、漢字の読みを書いたりひらがなを漢字にしたりする漢字テストの場合、タブレット端末は文字の音声化やキーボード入力によって、テストの本質(漢字の理解を問う)を損ないかねません。この場合、Cさんの読み書き障害への合理的配慮としては不適切になります。

合理的配慮は障害を持つ方が本質的な能力を発揮するための支援方法であり、障害を持っていない人と同等に公平な評価を受けるためには欠かせません。しかし、合理的配慮は過重な負担との兼ね合いで変更を余儀なくされ、結果、能力評価の下降補正が生じてしまうことがあります(星加 2016)。
例えば、読み書き障害への合理的配慮として、タブレット端末を導入してほしいと学校に要望したとしても、教員がタブレット端末に不慣れである、テストの問題には理解を確認する問題と漢字の読み書きを確認する問題が混合している、周囲の児童が騒ぐ、などの理由で、代読者による支援が代替方法として採用される場合が少なくありません。しかし、代読者による代読では、自分のタイミングでわからない箇所へ戻ったり、考えるために読み進めるのを止めたりすることは難しくなります。結果、タブレット端末を利用したときのようには成績が上がらないことがあります。
それでも、代読者による代読支援でも一定の支援効果が得られるため、タブレット端末ではなく代読者による支援が継続されることになり、能力評価が下方補正されたまま配慮が提供されてしまうことがあります。

この課題に対しては、後述する『各種支援計画』に合理的配慮の内容を記載して定期的に見直しをしたり、文部科学省対応指針が下記の通り述べているように、児童生徒・保護者と学校とが建設的な対話を継続したりすることが必要です。

過重な負担の基本的な考え方に掲げた要素を考慮し、代替措置の選択も含め、双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で、柔軟に対応がなされるものである。さらに、合理的配慮の内容は、技術の進展、社会情勢の変化等に応じて変わり得るものである。合理的配慮の提供に当たっては、障害者の性別、年齢、状態等に配慮するものとする。
文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針 ※p5イに記載

その他、合理的配慮に関する注意点は下記を参照するとよいでしょう。

保護者向け - インクルーシブ教育システム構築支援データベース 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 学校・地方公共団体向け - インクルーシブ教育システム構築支援データベース 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所

合理的配慮と各種支援計画との関係

学校での合理的配慮の内容は『個別の教育支援計画』に明記し、『個別の指導計画』にも活用されることが望ましいとされています。また、教育相談や関係者による支援会議にて、必要に応じて合理的配慮を見直していくことが重要であるとされています。
ここからは学校で作成される『個別の教育支援計画』と『個別の指導計画』について説明し、名称の似た『個別の移行支援計画』についても説明します。

『3.障害のある子どもが十分に教育を受けられるための合理的配慮及びその基礎となる環境整備』
(1)「合理的配慮」について
「合理的配慮」は、一人一人の障害の状態や教育的ニーズ等に応じて決定されるものであり、設置者・学校と本人・保護者により、発達の段階を考慮しつつ、「合理的配慮」の観点を踏まえ、「合理的配慮」について可能な限り合意形成を図った上で決定し、提供されることが望ましく、その内容を個別の教育支援計画に明記することが望ましい。(p144~)

(4)「合理的配慮」の充実
「合理的配慮」は、その障害のある子どもが十分な教育が受けられるために提供できているかという観点から評価することが重要であり、それについても研究していくことが重要である。例えば、個別の教育支援計画、個別の指導計画について、各学校において計画に基づき実行した結果を評価して定期的に見直すなど、PDCAサイクルを確立させていくことが重要である。(p145~)

共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築のための特別支援教育の推進 文部科学省

個別の教育支援計画とは?

障害をもつ児童生徒の発達段階に応じて、一人ひとりのニーズに合った支援を行うための計画を『個別の支援計画』と言います。特に教育機関が中心となって、家庭や医療、福祉、保健、労働などの関係機関との連携を図りながら、乳幼児期から学校卒業までの長い期間を見据えて、一貫した的確な教育的支援を行うために作成するものを『個別の教育支援計画』といいます。
本人・保護者、教職員(校長、教頭、担任、特別支援教育コーディネーターなど)、関係機関(医療機関、児童福祉機関など)が、『個別の教育支援計画』の内容に基づいてそれぞれの立場で必要な支援や連携を行っていきます。 ただし、本人・保護者の同意なく第三者に「個別の教育支援計画」の内容を提示することはありません。

「個別の教育支援計画」について 文部科学省

個別の指導計画とは?

個別の指導計画は、個々の児童の実態に応じて適切な指導を行うために学校で作成されるものです。個別の指導計画は、教育課程を具体化し、 障害のある児童など一人ひとりの指導目標、指導内容及び指導方法を明確にして、きめ細やかに指導するために作成するものです。

個別の教育支援計画が、児童生徒の教育環境を整えるために多機関の支援をも含めた長期的な支援計画であるのに対し、個別の指導計画は、児童生徒の学習指導の在り方を学期ごと、単元ごとで具体的にする計画であるといえます。なお、個別の指導計画の作成にあたり個別の教育支援計画が参考にされます。

(3)個別の教育支援計画と個別の指導計画 p15~ 『初めて通級による指導を担当する教師のためのガイド』 文部科学省
「個別の指導計画」と「個別の教育支援計画」について 文部科学省

個別の移行支援計画とは?

個別の移行支援計画とは、学校を卒業して社会へ移行する時期に、事業所や支援機関への移行をスムーズにするために作成する計画書です。生徒が社会参加するにあたって引き継いでおくことが必要な情報を、教育、福祉・医療、労働に関する支援機関から聴取してまとめていきます。
個別の教育支援計画が、児童生徒の卒業時期までを含めた支援計画書であることから、個別の移行支援計画も個別の教育支援計画の一種と考えることができます。

(1) 個別の教育支援計画(個別の移行支援計画) 様式例 大阪府 ※Wordデータのダウンロード

参考文献

川島聡・飯野由里子・西倉実季・星加良司 (2016). 合理的配慮-対話を開く対話が拓く 有 斐閣