「もし〇ならば□する」(if-then)プランで衝動に対処
社会的なルールよりも自分の欲求に従って行動してしまい、衝動的な行動に見えてしまうことがあります。すると、周囲との関係をうまく築くことができない場合があります。
衝動性の背景には生理的な要因や環境要因など様々なものがありますが、この記事ではこだわりによって生じる衝動性をコントロールできた幼児の事例をご紹介いたします。
なお、ご紹介する内容は複数の事例をまとめた架空事例となっています。
いつ頃から衝動を抑えられるようになるのか
抑制には様々な種類が想定されており、自己抑制が発達する年齢は抑制の種類やその研究によっても様々です。その中でもよく知られた研究に、Luriaの通称「点灯したバルブを押す実験」というものがあります。この実験ではことばや思考で自分を上手にコントロールできるようになるのは5歳から6歳頃であるとされます。他にもMischelが4歳の子ども186人を対象にした「マシュマロ実験」があります。マシュマロ1個と机とイスだけがある部屋に実験者と子どもが入り、実験者が「私が帰ってくるまでの15分間、マシュマロを食べるのを我慢したらマシュマロをもう1つあげる」と伝えて部屋を出ていき、その後の子どもの様子を観察します。結果、実験者が戻ってくるまで我慢をした子どもはわずか3分の1ほどだったのです。その他の研究でも幼児期中頃から後半にかけて衝動をコントロールできるようになっていくとする報告が少なくありません。
子どもはどのように衝動を抑えるのか ~マシュマロテストの結果から~
マシュマロテストに成功した子どもたちの様子を調査したところ、甘くてふわふわしておいしそうだと目の前のマシュマロに意識を向けるのではなく、マシュマロを視界に入れないようにしたり、雲に見立て遊んだり、歌を歌ったりしてマシュマロの甘美な要素以外に意識を向けていたのです。このことからMischelは、物事には感情や欲求に結びついて人を興奮させるホットな側面と抽象的な思考に関わるクールな側面があるとし、ホットな側面を意識すると衝動をコントロールすることが難しくなり、クールな側面を意識すると衝動をコントロールすることができるようになると考えました。しかし、それは容易ではありません。というのも、ホットな側面はクールな側面よりも意識しやすく、素早く活性化してしまうのです。さらに、ホットな側面が活性化すると衝動を抑えるのに必要なクールな側面の動きは弱まってしまうのです。そこでMischelはクールな側面に目を向けやすくする具体的な戦略として、if-thenプランニングを提案しています。
if-thenプランとは
if-thenプランとは「もし(if)〇〇したら、そのときは(then)□□する」のように、事前に状況と対処方法を設定します。設定したプランを十分練習すると、その状況で対処行動が起こりやすくなるので、意識しやすいホットな側面から距離をとることができ衝動を抑えやすくなるのです。例えばダイエットをしている人であれば「コンビニに立ち寄ったら、そのときはスイーツコーナーを避けて通る」と設定して練習を重ねることで、コンビニでついスイーツを買ってしまう衝動を抑えやすくなるのです。if-thenプランを成功しやすくするためには強制力を持たせるなどの手法がありますが、詳しくは成書を参照してください。
ウォルター・ミシェル (著) 柴田裕之 (翻訳). マシュマロ・テスト―成功する子・しない子 ハヤカワ・ノンフィクション文庫 Amazon
「一番」や「勝つ」ことが重要な太郎君の場合
太郎君は児童発達支援を利用している年中の男の子です。太郎君にとっては一番や勝つことが何よりも重要で、鬼ごっこやかけっこなどはもちろん、おやつを食べ終わるのも列に並ぶのも一番でなければ気が済みません。他の子どもが偶然でも勝ちそうとしたり先になったりすると、それを妨害しようとしてつい手が出てしまうのです。
負けてもよいことを教える、「待って」や「一緒にしよう」を友達に伝える練習をすると、しばらくは理解して実行できるようになるのですが、時間がたつと「一番」や「勝つ」ことへの思いがどうしても勝ってしまい相手に手が出てしまうのでした。
欲求や衝動を抑える状況に関心を向けさせる
太郎君の場合「一番」や「勝ち」といった関心が瞬時に強くなってしまうので、列に並ぶことや友達と協力するなどの社会的なルールやマナーに気が向きにくくなってしまうようでした。できるはずのルールに従った行動が二の次になってしまうのです。
太郎君としても、つい手を出してしまった後でふと我に返ると、「いけないことをしてしまった」との自覚があり反省しています。
友達と仲良くしたいのに、どうしても「一番」や「勝ち」に気が向いてしまう。そこで私たちは太郎君とお母さんと一緒に話し合い、if-thenルールを活用して次のような対応をしました。
問題場面を設定する(ifを設定する)
「一番」や「勝ち」を意識してしまい、つい友達に手が出てしまう活動を特定しました。活動の特定にあたり、競争や勝負をする活動は実際に「一番」や「勝ち」を目指して努力していく要素があるため、これら以外の活動で「一番」や「勝ち」につい意識が向いてしまう活動に限定しました。
すると「列になってトイレへ行く」ことが特定されました。事業所は定時排泄であるため、トイレの時間になるとみんなで移動します。その際に並ぶ順番は決まっておらず、全員が列に並んだところでトイレへ移動する方式です。指導員がトイレの時間を告げると、他の子どもが列に並び始めます。太郎君はそれを見ると競争ではないのに、また、自分はトイレが急ではないのに列に走ってきて先に並んでいた子どもを突き倒してしまうのです。
支援員と太郎君とお母さんとでこの行動に対してレベルアップしていこうと話し合いました。
「トイレへ行く」指示がでたら「椅子に座る」
設定したif-thenプランは、支援員がトイレへ移動するために並ぶよう指示をしたら、太郎君は椅子に座るというものでした。
太郎君が座る椅子は子どもたちが列を作る場所に設置しておき、決して列からの排除にならないように配慮しました。太郎君への個別の事前練習では、支援員が「トイレに行くよ」と声をかけて太郎君が椅子に座れば褒め、時には「トイレ・・・はどこかな?」「トイレ・・・を掃除しよう」と遊びの要素を取り入れ、指示を聞きわけてプラン行動を実施できるように練習しました。椅子に座った後は、他の子どもが移動する最後尾に並んで移動することを併せて伝えて練習しました。
さて、実際の場面で実演です。支援員が「トイレに行くよ」と全体指示をすると、太郎君は列に割り込むことなく設置した椅子に座ることができました。子どもたちがトイレに移動していくのを目にしても、意識から切り離せた「一番」や「勝ち」に気が向くことはなく、落ち着いて列の後をついてトイレを済ますことができたのです。その後も太郎君は、支援員がトイレの声掛けをするたびに設置された椅子に座り、トイレへの列に落ち着いて並ぶことができるようになりました。
その後の太郎君
トイレの整列がうまくいっていた太郎君ですが、似たような状況でもトイレの整列ではないと効果が減弱してしまいました。天気のよいある日のこと、みんなで外出をしようと子どもたちに整列を呼びかけると、太郎君は「一番」や「勝ち」に意識が向いてしまい、つい友達に手がでてしまったのです。そこでプランをトイレや外出に状況を限定しないように「支援員が『列に並ぶ』と声を掛けたら」に変更しました(もちろん、プラン設定の際には初回のプランと同様に保護者へ説明をして了承を得た)。しかし、状況が広くなりすぎてうまく対応できなくなってしまいました。その後の太郎君は、トイレへの整列がごく自然にできるようになってから(体に染みついてから)、「支援員が『外へ行くよ』と声を掛けたら」をプランに加えて事前練習を重ねたことで、外出の整列でも衝動を抑えることができるようになりました。
まとめ
太郎君の場合、状況を切り離せば抑えることができても、いざその場面になると状況の把握よりも欲求を叶えることが先行してしまうようでした。状況を把握することが苦手なようなので、そのつど状況を把握させることではなく、特に把握してほしい状況を設定しておくのです。
if-thenプランでは欲求や衝動が生じるホットな側面を設定し、これに距離を取る対処法を事前に設定します。これにより、太郎君はこれまで振り回されがちだった欲求から距離をとることができ、友達への暴力を抑えることができました。特に今回の方法は「支援員が『トイレに行くよ』と声をかけたら、列の横の椅子に座る」のように極めて限定された具体的な状況を設定したことで、太郎くんも「あ!練習したことだ」と、衝動を抑える場面にピンときやすくなったようです。状況に「あ!」と、ピンと気がつききやすくなるということは、その分、欲求や衝動に気が向きにくくなるのです。
トイレに移動する際の友達への暴力は減少していきましたが、この方法では状況が複雑になると行動しにくくなるという弱点がありました。「支援員が『列に並ぶ』と声を掛ける」のようなやや漠然とした状況設定では、うまく対処できなくなるのです。この場合、当初設定したプランを何度も実行して自然にできるようになってから、新たなプランを具体的に設定して練習をするとうまく行動できるようになりました。