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子どもの「コミュ障」-発達障害のもう一つの顔-(著)大井学

紹介する本は、2020年に金子書房より発刊された『子どもの「コミュ障」-発達障害のもう一つの顔-』(著)大井学です。

コミュニケーションの問題を扱う本には、言葉が遅い、言葉がたどたどしいなど、音声に関する書籍や、目を見て話す、挨拶をするなどコミュニケーションの形式を訓練するソーシャルスキルトレーニング(SST)に関する書籍は多いですが、本書は『語用論』に焦点をあててコミュニケーションの問題をわかりやすく解説しています。

子どもの「コミュ障」-発達障害のもう一つの顔- 株式会社金子書房

『語用論』って何?

語用論を一言で説明することは難しく、ここでは『言葉を使うときの状況や文脈との関係を扱った』言語学の一分野と定義しておきます。

言葉の意味と文脈がずれてしまうと、コミュニケーションは思わぬ方向に行ってしまいます。筆者が経験した事例(仮想です)を紹介します。

小学校3年生のA君の事例です。A君はお母さんのそばを離れて走っていきました。それを見てお母さんが「危ないから歩いて!」と伝えたところ、A君は「大丈夫!転ばないよ」と返事をしました。

さて、このコミュニケーションは『成立』したといえるでしょうか。

上記の事例が起きた場面は病院でした。お母さんはA君が廊下を走ることで、他の患者さんにぶつかってしまうことを『危ない』とたしなめたのですが、A君は『僕はもう子どもじゃないんだ。お母さんの心配はご無用』とでも捉えたのでしょう。

この場合、伝えたいものが適切に伝わっておらず、コミュニケーションは適切に『成立』したとはいえないでしょう。

『子どもの「コミュ障」-発達障害のもう一つの顔-』では、このようなコミュニケーション上で生じるエラーを

  • 字義的な解釈
  • 話題管理の失敗
  • 聞き手の状態無視
  • 前提に非共有
  • 心的語彙の誤用  など

に分類し、語用論の主な概念である

  • 言語行為
  • 会話の協力
  • 文脈との関連付け

の点から、どのような要因で問題が生じるのかを詳しく説明しています。

「語用論」から見たコミュニケーション教育 ベネッセ教育総合研究所

『コミュ障』のポイント

大井先生は『コミュ障』について以下ポイントを指摘しています。
発達障害に限らない

『コミュ障』は発達障害のみに見られるものではなく、その他の言語障害にでも見られるようです。『コミュ障』とまではいかないものの、コミュニケーション上のエラーは大人にも生じるものであると、実際の会話例を本書で提示しています。

会話の一部に現れる

『コミュ障』は、その人のコミュニケーション能力全体に影響を与えるものではありません。普段の会話の多くは十分に成立しており、時々エラーを起こすだけのことがほとんどのようです。

一人の責任ではない

大野先生が、最も大事なこととして指摘するポイントです。

コミュニケーションは相互行為であるため、『コミュ障』をただ一人の責任にはすることはできないと言います。つまり、コミュニケーションを交わす当事者全員が『コミュ障』を改善するが立場にあるのです。

『コミュ障』を通じて自分を振り返る

本書は『コミュ障』の会話例が多く掲載されています。

掲載されている事例には、本人はいたって真面目に、ひたむきにコミュニケーションを交わそうとしているにも関わらず、友達や大人に誤解されて集団場面がうまくいかない事例や、反抗や悪ふざけと捉えられてしまい叱責・暴力を受けてしまったり、双方が信頼関係を損ねてしまったりする事例も掲載されています。

このような不幸な結果にならないよう、本書には『コミュ障』を評価する方法や対応研究が紹介されていますが、大井先生によると『コミュ障』を改善する方法や対策に、エビデンスを得られている(確実な根拠がある、効果を証明されている)ものはまだないようです。

当然のことながら、確実な手段がないからと言って、子どもへの支援を放棄することはあってはなりません。大井先生は『当面の方略』を紹介し、『コミュ障』に出くわした時の心構えにしてほしいと述べています。具体的な内容は成書を参照ください。

『コミュ障』は当事者双方に改善の役割が期待されています。反抗や悪ふざけとみなしてしまった子どものコミュニケーションの背景に、もしかすると、自分と子どもの間でコミュニケーション障害が生じてしまっている可能性があります。

大井先生の提案する『当面の方略』は、『双方の会話に“コミュ障”が生じることがある』という文脈を設けることで、子どもと一緒にコミュニケーションを成し遂げていこうとするものといえるでしょう。